エスプリングソーシャルキャピタル人事コラム「Hot e Spring」は、人事職に関わらず、様々な職種の方が見ても役立つ人の成長に関する情報をお届けするコラムです。
そういった想いから、タイトルを「Hot e Spring(ほっと+エスプリング)」といたしました。
専門的・学術的な知見に基づいたものから、個人的な話を通じて教訓を得るようなものまで、 様々なお話を取り揃えております。

あてずっぽうのよしあし(人と人との関係性に興味のある方に)

私は通勤時間が長く、郊外からオフィスまで一時間以上、電車に乗っています。
郊外と都心を結ぶ路線で混雑しているので、最初のころは、なかなか座ることはできませんでした。
顔を知っている乗客が座っている場合は、その乗客の前に立って、下車するのを待つこともできますが、顔を覚えている乗客が必ずしも同じ時刻の同じ車両に乗っているとは限らないので、こういうときは「あてずっぽう」で顔を知らない人の前に立ち、下車を待ちます。

「あてずっぽう」とはいえ、おそらく何らかの判断基準はあるのでしょう。
例えば、カジュアルな格好をしている人は都心までは乗らないだろうな、とか
落ち着かない素振りをしていると、もうじき下車かな、といった程度のものです。
しかし、これが意外にも当たることが多く、最近は、私はかなりの確率で座って通勤できています。

人は、何か難しいことに対して、限られた情報と短い時間の中で判断しなければならないときに、その判断が必ずしも正しくなくても、それなりの出来で素早い判断ができます。
おそらく「あてずっぽう」は、その昔、我々の祖先が、周りのちょっとした変化を察知して、身の危険を感じて素早く逃げるために、あるいは生存競争のライバルを出し抜いて、いち早く獲物を獲得するために、発達した能力なのではないでしょうか。

普段の生活は判断の連続です。
例えば、道を歩いていて車がくれば、危ないからどけようか、そのまま歩いていこうか、また、ランチで定食を食べるとき、おかずから手をつけるか味噌汁からか、などなど、いちいち一生懸命考えて判断していては大変です。
「あてずっぽう」は、短い間にそれなりの出来で判断する、という点では大変便利な能力ですから、無意識のうちに、あらゆる場面で動いているのではないかと思います。

ただ「あてずっぽう」には欠点があります。
それは、自分の限られた経験や知識、考え、目の前で見えている範囲の状況などから判断するので、時として大きな「偏り」が出てしまい、過ちを犯してしまうのではないか、ということです。

人と人との瞬間的な関係の中でも、人に対する「あてずっぽう」が動いているように思えます。
初対面の人と話をしているうちに、何か苦手意識を感じたり、ちょっとした言葉遣いや、話の内容から、誤解が始まったりするのも、もしかすると、人に対する「あてずっぽうの偏り」による悪戯なのかもしれません。
(相手も同じように「あてずっぽう」が動いているかもしれません)

所謂、これは、「思い込み」や「偏見」といわれていることです。
もともと「思い込み」「偏見」も、普段の生活の中で意識せずに使っている「あてずっぽう」が起因するものでしょうから、その判断は自分としては当たり前の結論なので、過ちを意識するのは大変かもしれません。

私たち人事の仕事の中では、面接をすることもありますし、面接官の研修をすることもあります。
その時に大切にしているのは、できるだけ「あてずっぽう」を排除して、客観的な判断を行えるスキルを身につけるということです。
もちろん、企業によっては、あえて面接官の主観に任せているところもありますが、それによって大切な人材を見逃すリスクもあることに注意しなくてはなりません。

人との関係の中で、何か様子がおかしいな、と思ったら、自分の人に対する「あてずっぽう」を疑ってみて、「あてずっぽう」に頼らないコミュニケーションによる確認が必要なのでしょう。
「あてずっぽう」は便利な能力ですので、否定するつもりはありませんが、特に人と人の関係では、誤解や無意味は衝突を避けるためにも、人に対する「あてずっぽう」の自分の癖は知っておいたほうが良いかもしれません。

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